コーカサス(カフカス)地方とは
カスピ海と黒海にはさまれ,ロシアとトルコとイランに囲まれた山脈地方。
北コーカサス地帯の アディゲ、ダゲスタン、北オセチア、イングーシ、チェチェン、カバルダ・バルカス、カラバイ・チェルケスのロシア連邦内の各共和国と
南コーカサス地帯のアゼルバイジャン,アルメニア,グルジアのことである。
プルーンの発祥の地でもあり、
古来から、さまざまな民族が入り組みながら暮らしていたが、
いずれの国も,かつてのソ連の構成国にいれられた。たが,ソ連崩壊後の1991年に南コーカサスの3か国はそれぞれソ連からめでたく独立できたのである。
アゼルバイジャンのカスピ海沿岸部は,20世紀以後石油・天然ガス生産が盛んとなり,これらコーカサス諸国からなる南コーカサス地方は,カスピ海沿岸部の石油・ガスをヨーロッパへつなぐ輸送回廊である。
そしてこのガスパイプラインこそが、
手放したくないロシアの経済の肝であり、ヨーロッパの冷暖房の綱。
紛争の火種・火薬庫としても注目されている。
さて、今回のブログでは主に、
ソ連崩壊から独立した、南コーカサスの三か国のみ
スポットライトを当てて紹介する。
アゼルバイジャン
アゼルバイジャンは上記のとおり、天然ガス・石油の生産地である。
3000年もの間、消えることなく燃え続ける火の山が存在し、
ここから古代ペルシャ人が信仰した
ゾロアスター教(拝火教)が生まれた。
現在は、南コーカサス三か国の中で唯一のイスラム教国家である。
ロシアとの関係は友好だ。
さて、
アゼルバイジャン人、といっても一枚岩ではない。
主に三つの系統から構成されている。
①セルジューク・トルコ系の遊牧民。(勇猛果敢で、民族紛争時には一番に残酷な行動をとりがち。)
②ペルシャ系でトルコ化してしまったアゼリー人。(比較的温厚)
③中世アルバニア人(アゼルバイジャンはイスラム教のシーア派だが、18世紀まで、現ナゴルノ・カラバフ自治州には、アゼルバイジャンの中では少数のキリスト教を信仰した「アルバニア人」という少数派が存在し「アルバニア」という国を築いていた。⦅旧ユーゴにあったアルバニアとは名は同じだが別⦆
88年に起きたスムガイト暴動では、
「アルメニア人を殺せ」と殺戮を主導したのは①の「セルジューク・トルコ」系。
それに対し、アルメニア人をかくまったり、「そこまでやるなよ」と紛争を仲裁したのは②「ペルシャ・アゼリー」系
さらに、①に追いやられたアルメニア人たちを本国のアルメニアに逃がしてあげたりしたのが③の「中世アルバニア」系の人たちである。
アルメニア
アルメニアは人類史上はじめてキリスト教を国教として定めた国である。
旧約聖書に描かれている、ノアの箱舟が漂着した土地としても有名である。
おもな産業は農業,宝石加工(ダイヤモンド),IT産業。
ロシアとの関係は非常に緊密で国内にはロシア軍が駐留している。
かつイランやグルジアとの関係も友好である。が、
トルコと、アゼルバイジャンとは対立関係にある。
トルコとの対立原因は
第一次世界大戦中の1915年にはオスマン帝国軍によるアルメニア虐殺事件がもとである。
アゼルバイジャンとの対立原因は
ナゴルノ・カラバフ紛争(アゼルバイジャン領内でアルメニア系住民が居住するナゴルノ・カラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの紛争)がもとで長くいがみあっているのだ。見通しはまだつかない。
グルジア
国土の広さは北海道よりも一回り小さく、ワイン発祥の地でもある。
美食の国でもあり、
ハチャプリ、シュクメルリ、ヒンカリなど、いずれも大変美味で、日本人の口にもよく合う味だ。
公用語はグルジア語。宗教はグルジア正教だ。
住民の八割はグルジア人だが、アルメニア人やロシア人などのソ連時代に移りこんできた人々も暮らしている。
他にもオセット人やアブハズ人など、少数民族がおり、その少数民族による自治共和国の存在が、「グルジアの火薬庫」として
頭を悩ませている。
グルジアというのはロシア語読みの国名で、
グルジア紛争後日本を訪れたグルジアの外相から、
「ロシア語の国名は今後やめてほしい。英語読みのジョージアと、これからは使ってほしい」
と日本政府に申し出た。以後、日本の放送・出版等ではグルジアは
「ジョージア」の呼び方を起用している。
なお、グルジア現地の国名は「サカルトヴェロ」である。
主な産業はブドウとワイン。そして観光事業に力を入れている。
が、上記の通り、隣国ロシアとは険悪な中にあるにもかかわらず、ワイン輸出のお得意様はロシアであり、グルジア観光客の大部分は、今も昔もロシア人である。
よって、その都度ロシアによる経済制裁を食らうたびに、グルジアは多大な経済的損害を被ることになっている。