帝政ロシアンボンバ (外人村)

 

 

 

 

 

モスクワ川、ヤーウザの岸辺にあって首都から遠くないこの集落は、一種独特の区域で、モスクワに運試しに来た外国人たちは新教旧教のいかんを問わずここに住まわされていた。

昔は木のあばら家が立ち並ぶみすぼらしい村落に過ぎなかったが、住民の数は徐々に増していき、いつしかレンガ造りの家、花壇、並木道、噴水、学校、教会が作られていった。

むろん住民の中にはごろつきもいくらかは混じっていたが、しかし大体において皆、正直で有能で仕事熱心だった。

名門貴族の出身であるものも多く、医師、薬剤師、技師、建築家、画家、教師、天文学者、金細工師、軍人、といった様々な職業で優れた腕前を見せた。

 

住民たちは信心深く、家庭を大切にする風潮のおかげで、遠い異郷の地で住んでいるという自覚を分かち合い一致団結して暮らしていた。そしてそれぞれの祖国との連絡も途絶えたことが無かった。(ハーグから週に一度外の世界のニュースを伝える使節団がやって来るのだった。)

そのうえ、モスクワの大貴族たちは、西欧の息吹に触れようとして彼らの方から外人村に出向くこともしょっちゅうだった。

さらには、ポーランド語、ドイツ語、英語、ラテン語の本を子供たちに教えてもらう者もあらわれた。

外人村の文化的影響はロシア人の住居に置かれた家具にまで及んでいった。

肘掛け椅子、丸テーブル、振り子時計、観賞用の絵画、鏡などが取り入れられていったのである。

こうした新しさが若きピョートルを惹きつけていった。

 

(「大帝ピョートル」アンリトロワイヤ著より 引用)

 




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