女帝エカチェリーナ編の補足解説➀

 

長く続いた「女帝エカチェリーナ編」が完結いたしました。

読者の皆様、いかがでしたか?

さてここで改めて説明しておくことがあります。

「ロシアンボンバ」は、面白さとテンポを良くするために、時系列をシャッフル、歴史の中略、オリジナル設定導入と、いろいろ施してお届けしております。

特に「エカチェリーナ編」はその傾向がより顕著に表れています。

ということで、今回は主要キャラクターたちの簡単なプロフィールとその後の人生を解説するとともに、史実と漫画の違いを説明していきたいと思います。


エカチェリーナ二世

 

 

1729年、ドイツ貴族の両親のもとに生まれる。旧名はゾフィー・アウグステ・フリーデリケ。

15歳にして女帝エリザヴェータの甥にして養子であるピョートル三世(その後の第七代ロシア皇帝)と婚約し、翌年にて正式に結婚。が、夫ととの性生活は実らず、

25歳、最初の愛人との間に出来た長男パーヴェルを出産。

26歳、ポーランド貴族ポニャトフスキ(のちのポーランド国王)と恋に落ちる。

31歳、近衛連隊所属のグリゴリー・オルロフと恋に落ちる。

33歳、グリゴリー・オルロフとの間に出来た次男アレクセイを秘密出産。その二か月後にピョートル三世を追放、クーデターを起こす。(この頃にポチョムキンと出会う)

これにより、めでたくエカチェリーナがツァーリとして皇位を即位した。

39歳、第一次露土戦争が始まる。

43歳、第一次ポーランド分割。

45歳、第一次露土戦争終戦。プガチョフの乱も終息。

54歳、クリミア併合。

58歳、半年かけてポチョムキンと共にクリミアを視察旅行に行く。翌月第二次露土戦争開戦。(4年後に終戦)

64歳、第二次ポーランド分割。

66歳、第三次ポーランド分割。

67歳、脳卒中にて死亡。


ポチョムキン

1739年、ウクライナの小貴族のもとにグリゴリー・アレクサンドロヴィチ・ポチョムキンとして生まれる。

エカチェリーナの年齢より十歳年下。

二人が交わしたラブレターは1162通にもわたり、今でもモスクワの国立文書館に保存されている。

それぞれの立場上、正式に結婚することはなかったが、1775年秘密裏に結婚式を挙げ、二人の間の娘・エリザヴェータ・ポチョムキナが生まれる。

本編ではアレクセイ・オルロフとともに海軍として露土戦争に参加していたが、

史実ではこの頃、ポチョムキンは陸軍少将として、国内でプガチョフの乱を鎮静させていた。

その後(1776年)トルコ制圧に向けてクリミア半島や黒海沿岸に遠征し領土拡大奔走。

52歳(1791年)クリミアにてマラリヤに犯され死去。


明日に続きます。




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